信託を活用した事業承継のスキーム2

こんにちは、横浜の司法書士の加藤隆史です。5月に入って、気温もかなり上昇してきました。事務所でもそろそろクーラーを入れようかどうしようか悩み中です。今はゴールデンウィークですが、今月もはりきってがんばっていきます。

さて、本日のコラム「相続・遺言のポイント」は前回に引き続き信託を活用した事業承継スキームについてお話ししていきます。前回事業承継のスキームとして遺言で株式を譲渡する方法、種類株特に拒否権付株式(黄金株)を発行して後継者に事業を承継する方法などお話ししましたが、今日は自己信託により事業承継するケースをみていきます。前回も少しお話しした部分と重なりますがご了承ください。

中小企業の円滑な事業承継の方法

今日は、早速事例から見ていきましょう。

会社の創業者である代表取締役Aは、会社の株式を100%保有しております。子どもは、長男B、長女C、二男Dの3名で、後継者として長男Bを考えています。業績は悪くありませんが、今期は不景気によりマイナスとなっています。そこで、今のうちに後継者として長男Bに生前贈与しておき円滑な事業承継を図りたいと考えております。しかし、まだ長男Bは経営については十分でなく不安がのこります。長男Bが経営者として成長するまではAが経営権を自分に残しておきたいという希望があります。

上記の事例の場合に考えてみましょう。まず、Aが後継者であるBに株式を生前贈与するという考え方はよいと思います。この時は、今期の業績がマイナスであれば株価評価に値がつかない(または低い)ため贈与税が課税されずに後継者に株式の承継ができることになります。また、多少評価がついたとしても、AとBは親子の関係なので、相続時精算課税制度を利用すれば贈与税を負担することなく、株式の譲渡ができそうです。

しかし、この生前贈与という方法では基本的には株式を全てBに譲渡することになるので、Aは経営権を失います。そうすると経験があさく経営について不安が残るBが誤った経営を行い会社経営を悪化させてしまうリスクも生じてきます。そのため生前贈与という方法ではAの要望を全てかなえさせることはできません。

そこで、信託の出番です。今回の事例では、Aは公正証書により会社の株式を全て信託財産とする自己信託を設定します。信託内容としては、Aを委託者兼受託者とし、受益者を後継者である長男Bにします。そうすることで、Aは受託者として引き続き会社の株式につき議決権を行使することができるので、実質的に会社の経営権をAにのこしたまま、株式を後継者である長男Bに移転することができます。そして、Aの死亡により信託が終了するように定め、Aが死亡した時に確定的に長男Aが株式を取得しAが議決権を行使して経営権を掌握できるようになります。

遺言、種類株による事業承継との違い

上記のとおり信託を利用して事業承継することができますが、遺言による事業承継種類株を利用した事業承継と以下の点がことなります。

遺言により長男Bに株式の承継者と指定することは可能ですが、以下の点につき信託にメリットがあります。

  • 遺言で長男Bに株式を承継させる定めをした場合でも長女C、二男Dの遺留分を侵害している場合には遺留分減殺請求を受ける可能性があります。
  • 後継者であるBの安心感が違います。遺言であるとAが遺言を作りかえることができますので、本当に経営者となれるかどうかは相続発生まで分かりません。つまり、相続発生まで不安定な地位にいます。さらに相続発生後であっても上記のように遺留分減殺請求を受けてしまうとスムーズな事業承継ができず、会社経営に支障が生じてきます。一方、信託であれば長男Bが受益者として登場しますので、Bの知らないところで受益者が変更、つまり株式の承継者が変更されるというリスクがなくなります。

次に種類株式ですが、Bが一人前の経営者となるまでは、Aはまだ経営権を完全に譲りたくないという場合に、拒否権付株式を発行しAがその拒否権付株式を保有するという方法もあります。この方法に対して信託では下記の点につきメリットがあるといえます。

  • 拒否権付き株式を発行する場合、定款変更決議を経たうえで、変更登記をしなければなりません。そのため、会社の登記上にも反映されるため、外部の人間が会社の登記簿を確認すれば完全にBが経営権を承継しているわけではないということに気付かれてしまいます。
  • 株式の譲渡が完了した後に、Aより先にBが亡くなってしまった場合に困ることがあります。つまりBに譲渡した株式については、Bの相続人に行ってしまいます。そうするとAはBの相続人から株式を回収、買取をしなければならなくなり大変です。一方、自己信託の場合、もしBが信託期間中に死亡した場合に備えて、第二受益者として長女Cや二男Dを指定しておくことができます(受益者連続信託)。つまり、信託の場合はBの相続人に株式が流失してしまうことを防ぐことができます。

このように信託には事業承継におけるメリットがたくさんあります。しかし、自己信託には倒産隔離機能があるため、会社の業績が悪いと信託が詐害行為とみなされてしまうことがあります。そのため信託を使えるような状況か専門家に入ってもらいしっかり見極めて利用することをおすすめします。

現にまだまだ信託の活用がされることは少ないかと思います。そこで、次回のコラムでは、多く活用されている遺言と種類株を使った事業承継についてみていきたいと思います。